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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1111号 判決

理由

一  控訴人が被控訴人主張の本件各手形を受取人欄白地のまま振出したこと及び訴外株式会社関西相互銀行が右各手形をそれぞれその満期に支払場所に呈示したがいずれもその支払を拒絶されたことは当事者間に争いがなく、《証拠》によると、控訴人は訴外株式会社北村機械製作所代表者北村秀雄から金員の融通を依頼されたので本件各手形を受取人欄白地のまま融通手形として振出し、これを右北村に交付したところ、同人はこれを被控訴人に交付して被控訴人から手形割引を受けたこと、被控訴人は右受取人欄の白地に被控訴人の別名である「大谷勝則」と補充し、第一裏書欄に前記訴外銀行に取立委任をする旨右大谷名義の裏書をしたこと及び同銀行は本件各手形をそれぞれその満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、控訴人は右各手形は融通手形として振出したものであるから直接の当事者である被控訴人には支払に応じられないとして、いずれもその支払を拒絶したことをいずれも認めることができる。

次に前掲各証拠(ただし当審における被控訴本人尋問の結果中後記認定に反する部分を除く。)と《証拠》を総合すると、被控訴人は右各手形の交付を受けた直接の当事者ではなかつたのに、手形面上直接の当事者のように記載されている関係で控訴人がその支払を拒絶するものと考え、拒絶証書作成期間経過後である昭和四〇年一〇月始頃訴外会社から裏書を受けたようにするため第二裏書欄に訴外会社から被控訴人への裏書の記載をしてもらつたが、そのため裏書の連続を欠くこととなり一層手形面上の記載が不備となつたので、その善後策につき訴外銀行、証外会社と相談の結果、受取人欄の「大谷勝則」とあるのを抹消して訴外会社に、「株式会社北村機械製作所」のゴム印を押捺してもらい、かつ、第三裏書欄に右大谷から右銀行への取立委任裏書をした旨の記載をし、裏書日付をさかのぼつて第二裏書欄については昭和四〇年六月一六日と同月二六日、第三裏書欄については同年九月一六日と同月二六日と記入してあたかも期限前裏書がなされたごとく手形面上の体裁を整えたことを認めることができ、右認定に反する《証拠》は措信できず、他に叙上認定を動かすに足りる証拠はない。

二  ところで被控訴人は本訴において約束手形を適法に所持する手形上の権利者として振出人たる控訴人に手形債務の履行を求めるものであるが、その所持が適法な手形上の権利者であることを手形法一六条一項の裏書の連続による資格授与力によつて主張立証しようとするとともにまた手形上の実質的権利を有することによつて主張立証しようとするものと解される。

そこで先ず前者の裏書の連続による適法な所持人であるとの主張について判断するに、裏書の連続の有無は現在の手形上の形式的記載によるべく、抹消された裏書は記載がないものとみなされるから、前認定の手形上の記載による被控訴人には裏書の連続があるものといわなければならない。しかし控訴人は、手形受取人欄の記載は一旦白地補充権に基づきなされたが、右記載によつて補充権は消滅し当初の記載を抹消してなされた現在の記載は白地補充権に基づくものでなく変造されたものであるから、控訴人は当初の記載について責任を負う結果被控訴人に対する手形債務者とはならないと抗争する。

受取人欄白地の約束手形を交付により譲り受け、その所持人となつた者は同時に白地補充権を取得することはいうまでもないところであるが、補充権者は一たびその白地を補充してその手形を流通におき又はこれが権利行使をしたときは補充権行使はこれにより完了するから、補充権者であつても爾後右記載を訂正して補充内容を変更することは許されないと解すべきである。したがつて権利行使をしたのちに補充権者であつた所持人がさきの補充内容を訂正変更したときは権限なきものによる手形の記載事項の変更、すなわち手形の変造となるものであるから、右変造前の手形の署名者は変造前の原文言により手形上の債務を負担するものというべきである。本件についてみるに、被控訴人は本件各手形の受取人欄の白地に「大谷勝則」と記載して訴外銀行に取立委任裏書をなし、同銀行がこれをそれぞれその満期に支払場所に呈示したがいずれもその支払を拒絶されたのち、右受取人欄の「大谷勝則」とあるのを抹消して訴外会社に同会社名のゴム印を押捺してもらつたことさきに認定のとおりであるから、本件各手形を変造したものというべく、控訴人は右変造前の署名者である振出人として受取人を「大谷勝則」とする手形につき責に任ずべきものといわねばならない。

三  しかし裏書の連続の資格授与力による適法な所持人として手形上の記載に基づいては手形債務の履行を求めることができなくても、手形の真実な権利者として手形債務の履行を求めることは妨げないところ、前示認定事実によると被控訴人は満期前に引渡によつて受取人白地の手形を取得し変更前の受取人欄を適法に補充した真実の権利者であり、訴外会社によつて拒絶証書作成期間経過後第二裏書がなされた際も手形の所持を失わなかつたものと認められる。

そうすると控訴人の期限後裏書を前提とする抗弁は、その前提事実を欠き理由がなく、又手形の引渡のみによる譲渡は一般債権譲渡の効力しかなく人的抗弁を切断しないとの主張も、受取人白地の手形の引渡による譲渡は白地式裏書による所持人が引渡によつて手形を譲渡することが手形法一四条二項によつて認められているのに準じ、慣習法として手形法上の法流通方法と認められ、その譲渡については手形法一七条の適用があり、本件の場合訴外会社が融通手形の人的抗弁を受ける直接の当事者で被控訴人は直接の当事者でないから、融通手形で原因関係がないとの抗弁を対抗することができない。そうすると控訴人は被控訴人に対し本件各手形金及びこれに対する(二)の手形の満期の翌日である昭和四〇年九月二八日からそれぞれその支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

四  よつてこれと同旨の原判決は相当で控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却す。

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